1年の時、同じクラスだった千石くん。2年、3年は違うクラスだと言うのに、廊下で偶然出会ったときも、気軽に声をかけてくれた。1年の時だって、すごく仲が良かったわけじゃない。隣の席になったことすらない。それなのに、私を覚えていてくれたのは、素直に嬉しいことだ。千石くんからすれば、「可愛い女の子の名前を忘れるわけないじゃん!」ということらしい。・・・まぁ、これは私だから特別に言われているわけじゃなく。女の子であれば、大概の人は言われてるんじゃないかと思う。千石くんは女の子に優しいと言うか、何と言うか・・・その、『そういう』性格だから。



「や、おはよう!さん。」

「おはよう、千石くん。」

「朝からさんに会えるなんて、今日の俺はラッキーだよ♪」

「ありがとう。私も嬉しいよ?」

「本当に?!ありがとう!いやぁ、本当、今日はついてるね。」



そうやって、私は千石くんの性格を少しは理解しているつもり。それなのに、千石くんに「ついてる」なんて言われて浮かれてしまっている私は、きっと千石くんのことが好きなんだろう。
・・・・・・いや、『きっと』なんかじゃない。だって、1年の時から、千石くんのことは気になっていたんだもの。それが別のクラスになり、私にとって千石くんの存在がいかに大きかったのかを知った。そして、クラスが離れてからも、千石くんが気軽に声をかけてくれたとき、私の体温は上昇して・・・自分の想いに気付くことになった。



「それじゃ、またね。さん。」

「うん、またね。千石くん。」



そう言って、千石くんと別れてしまえば、次に会うのはいつになるのか・・・。そう思うと、「またね」なんて言葉を口にしたくはなかった。・・・・・・そんなことを思うほど、私は千石くんを特別に想っている。でも、千石くんは私のことなんか、何とも思っていないんだろう。

今に始まったことじゃないのに、季節的なこともあるのかな。いつも以上に、私は寂しい気持ちになっていた。どの授業も、上の空になっていた時間が多かったかもしれない。
少し、気分を変えよう。そう思って、今日のお昼は教室でも食堂でもなく、外で食べることにした。とりあえず、新校舎と旧校舎の間の中庭に・・・と思って行ったけど。外は寒い上に、そこには、いかにも恋人です!的な男女のペアばかりが居た。中には、女の子同士で仲良く食べている子も居たけど・・・。少なくとも、1人で来た私は、かなり場違いな存在になっている。しかも、やっぱりこの気温の所為で、ここに居る人数は少なく、余計に私は浮いてしまっている。
ベンチに座ったものの、教室に帰ろうかな、と思っていると、後ろから声をかけられた。



「そこのお嬢さん♪お隣、よろしいですか?」

「わっ!・・・千石くん?!」

「今からお昼?」

「うん、そうだけど・・・。」

「一緒してもいい?」

「・・・千石くんが良ければ、どうぞ。」

「それじゃ、隣座るね。」



教室に帰りかけていた私だけど、千石くんにそう言われて、そのままベンチに座っていた。これで、一応1人きりではなくなった。それでも、場違いだ。・・・だって、周りの男女のペアは、恋人同士という雰囲気の人たちしか居ない。私たちは、ただの友達。少し浮いてるよ・・・。
でも、千石くんに会えたのは素直に嬉しいし、今更帰るわけにもいかないし、ここは千石くんと楽しくご飯を食べた方が得だよね!と自分に言い聞かせることにした。



「お昼も会えるなんて、すごい偶然だね、千石くん。」

「もしや、これは運命?!」



相変わらず、千石くんは調子がいい。それに対して、私が傷ついていないわけはない。・・・やっぱり、多少は胸が苦しくなる。千石くんが本気で言ってるんじゃないってわかってるから。
それに、運命なんて、あるわけない。聞いたことがある。「出会ったときから運命の人だと思った」というのは、後付に過ぎないのだと。
人間は、『過去』を正しく記憶できない。よって、『過去』を思い返そうとするとき、記憶は多少作られたものとなる。そこには、『現在』の気持ちが関係してくるのだという。つまり、『現在』が楽しければ肯定的な『過去』を、『現在』に不安を抱えているならば否定的な『過去』を思い描くのだ。
つまり、上手くいっている恋人たちほど、出会いを運命的だと捉え、問題を抱えている恋人たちほど、出会いも運命的ではないと捉える人が多くなるらしい。・・・だから、やっぱり運命なんてものは無いんだよ。



「っていうのは、冗談で・・・。」



千石くんも、すぐに否定した。・・・・・・千石くん、余計傷つきます。
運命が無いと思いつつも、そうじゃないと言われれば悲しくなる。・・・完全に矛盾してるね。
あ〜ぁ、やっぱり教室に帰ればよかったかな・・・。寒さが増してきたような気がする。



「実は、さんを探しに来たんだよねー。」



それなのに、また嬉しいことを言ってくれる。でも、これも千石くんにとって深い意味は無いんだと思うと、つらくなる。



「初めは教室に行ったんだけど。さんの姿が見えなかったからね。それで、食堂に行こうと思ったんだけど・・・。何だか、先にここへ行った方がいいような気がして。そしたら、本当にさんに会えたから、すごくラッキーだったよ!」



そんな風に楽しげに言わないで。勘違いしそうになるから。期待しそうになるから。
そう文句を言いたいところだけど、それを言うことすら、勘違いだと思って、私は我慢した。その代わり、これだけは聞かせて。



「私を探してた、って・・・。何か用事でもあったの?」

「用事というか・・・。今日、俺の誕生日なんだ!」



私の問いに、はっきりと答えてくれた千石くん。でも、それは私の問いに対する答えとは思えなかった。



「誕生日・・・?」

「そう、誕生日。だから、せめて昼休みだけでも、さんと過ごせたらいいなぁーと思って。」



・・・なるほど、そういうことか。
また、そんなことを言ってくれるんだね、千石くん。それを聞いて私がどんな思いを抱いているか、わかってる?嬉しい気持ちと、そう思っちゃいけないと自制する気持ちで、とても胸が苦しいんだから・・・。



「千石くん。誰にでも、そういうこと言っちゃダメだよ?勘違いする女の子だって、出てくるんだから・・・。」



だから、私は自分のことじゃないようにして、文句を言った。これぐらい、許してよね。



「・・・・・・さんこそ、勘違いだよ。俺、誰にでも、こんなことを言ってるわけじゃないよ?」

「・・・本当に?」

「うん。俺は、さんだから、一緒に居たいんだ。本当は、去年だってそうしたかったんだけど・・・。ちょっと勇気が無くて。でも、今年は中学最後の誕生日だから。そう思うと、ちょっとだけ自分で自分の背中を押せたんだ。何なら、今日の放課後だって、一緒に帰ってほしいぐらいだけど・・・。それは、さんに悪いからね。」



・・・本当に信じてもいいんだろうか。私の勘違いじゃないのかな?



「私でよければ、来年だってお祝いするよ?」

さんこそ・・・。それ、勘違いしちゃうよ?まるで、俺と付き合ってくれるみたいな・・・。もちろん、俺はそうしてくれると嬉しいけど!」



でも、やっぱり、まだ信じられない。



「それ、私にだけ言ってるんだよね?」

「当然!自分の誕生日の昼休みと放課後に、さんと居たいと思ってる。これが証拠にはならない?できれば、もっと長く居たいんだけど・・・クラスも違うから、物理的に無理だしね。だから、せめて、少しでも・・・と思ってるんだけど。信じてもらえないかな?」



疑う私に、少し寂しそうに答えた千石くん。・・・ごめんね?でも、疑うのも無理ないよ。だって・・・。



「信じられないよ。だって・・・私・・・、千石くんのことが好きなんだもん。こんな都合のいい話があるわけない、って思っちゃうよ。」

さん・・・!じゃあ・・・!!付き合ってくれるの?!」

「千石くんがいいのなら、いいよ。」

「ありがとう!」

「ううん。こちらこそ。・・・それと、お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。さんから、その言葉が聞けて、本当に幸せだよ。」



そう言った千石くんの笑顔に、嘘なんて気配は見当たらなかった。・・・本当、私ひどいこと言ったかな。



「それで、今日の放課後なんだけど・・・。」

「一緒に帰ってもいいの?」

さんこそ、いいの?俺のこと、待たなくちゃいけなくなるけど・・・。」

「大丈夫だよ。」



それに、私は今、ある計画を思い立った。それを実行するために、私は放課後、まず急いで家に帰った。学校の荷物だけを家に置き、また外に出た。・・・でも、急ぎすぎてもいけない。千石くんの部活が終わる時間も考えなきゃならないから。
私は頃合を見て目的地へ向かった。千石くん、甘い物は大丈夫かな。でも、これぐらいなら、大丈夫だよね。それに、サイズは小さめだから、しつこくもないと思う。持って帰るのも、楽だろうし。
時間を計算しながら、また学校の門に戻ってくると、そこに千石くんの姿はまだ無かった。・・・良かった、間に合ったみたい。と、胸を撫で下ろしていると、すぐに千石くんの声がした。



「お待たせ、さん。ごめんね、こんな時間まで。」

「ううん、平気だよ。」

「ありがとう。じゃ、帰ろうか。」

「うん。」



間に合ったと思って、ほっとしたけど・・・。結構ギリギリだったみたいだ。本当、間に合って良かった。



さん、荷物は俺が・・・・・・って、あれ?さん、荷物は?」

「1回家に帰って置いてきたの。」

「そうなんだ。」

「うん。その代わり・・・。はい、これ。お誕生日おめでとう。」

「え・・・。もしかして・・・この間に買って来てくれたの?!」

「うん。私の気持ちを少しでも伝えられたら、と思って。」



だって、さっきは随分、千石くんのことを疑ってしまったもの・・・。そのお詫びの意味も込めて。もちろん、おめでとうという気持ちや、千石くんへの想いも一緒に・・・。



「うわぁ・・・。まさか、プレゼントが貰えるとは思ってなかったから・・・。すごく、嬉しいよ!ありがとう!」

「ケーキだから、気をつけて持ってね?」

「ありがとう!帰ったら、美味しくいただくとするよ。」



この千石くんの反応からして、甘い物は大丈夫みたいだね。一安心だ。



さん。プレゼントも貰っておいて何なんだけど・・・。俺のお願い、1つ聞いてもらってもいいかな?」

「せっかくの誕生日だもんね。どうぞ?」

「えぇっと・・・じゃあ・・・。俺たち、付き合うことになったわけだし・・・。お互い、名前で呼ばない?」

「なまえ・・・?」

「そう。俺、これからはって呼んでいい?」



その響きは、とても恥ずかしいものだったけど、何だか心が満たされるような感覚もあった。・・・たぶん、これが幸せってことなんだ、って実感した気がする。



「わかった。いいよ。」

「本当に?!やった!ありがとう!」

「ううん、こちらこそ。」

「俺、本当のこと大好き!!」

「ありがとう。私も好きだよ。」



そんなことを言うのも恥ずかしいけれど・・・。今日は千石くんの・・・じゃなかった。清純の誕生日だもん。ちょっとぐらい、頑張らなくっちゃね。



「あらためて・・・。清純、お誕生日おめでとう。」

「うん、ありがとう!」

「明日からも、また一緒に帰ろうね?」

「うん!・・・って、いいの?待っててくれるの?」

「清純のためなら、それぐらい大丈夫だよ?」

・・・!!俺、本当嬉しいよ・・・!!これほど、幸せな誕生日は初めてだ!ありがとう。」



さっきから、すごくお礼を言ってる清純だけど・・・。私は何もお礼をされるようなことはしてないんだけどなー。今のだって、特別な日も、そうでない日も、ずっと一緒に居たいと思っただけなんだから。
・・・・・・・・・今なら私も、運命という言葉、信じてみようかな。













 

ということで、千石さん、お誕生日おめでとうございます!!ちょうど、千石さんの話がそろそろ書きたいなぁーとか思っていたので、誕生日に合わせてみました!

「キスプリ」の「僕のLucky」の影響で、千石さんは好きな子には緊張しちゃうって感じだと思ったので、今回は純粋な千石さんです。やっぱり、千石さんは、「セイジュン」なのかもしれませんね(笑)。
まぁ、要はどっちでも素敵なんだと思います♪

('08/11/25)